教員としてスタートした指導者人生私の指導者としてのキャリアは学校の教員から始まっています。プロサッカー選手を目指していましたが、夢は叶わず、サッカーと関わる事のできる仕事を探しました。当時は指導者=学校教員という考えが強かったので、教員免許取得を目指して大学に進学しました。大学に通いながら地元のサッカー少年団のコーチをボランティアで始め、より指導者への想いは強くなりました。大学卒業後は希望通り教員となり、サッカー部の顧問に。その後、先輩から「レアルマドリードジャパンの立ち上げでコーチを募集しているから一緒にやらないか」と誘ってもらい、プロサッカー指導者になりました。憧れは中学生時代の恩師プロサッカー選手を目指し、中学時代3年間は東海大学第一中学校(現東海大学付属静岡翔洋高等学校・中等部)で下宿生活を送りました。監督がサッカーの技術だけでなく、人間性も素晴らしい方で、指導を受ける中で自然と指導者に対して憧れを持った記憶があります。強豪校でしたが、サッカーだけでなく人間性も磨かなければならないと学びました。サッカーは身近なスポーツですし、誰でも始める事は簡単です。サッカーを通じて何を吸収するのか、が凄く大事という教えは私の原点になっています。国によって大きく異なる、”スポーツの価値観”レアルマドリードに入って『スポーツは自分の人生を豊かにするものである』という考えが新しく自分の中にインストールされ、ヨーロッパからベトナムに活動の場を移した今、また新たな価値観を模索している最中です。サッカーのレベルは日本の方が圧倒的に高いですが、熱狂具合でいうとベトナムのサッカーは日本を凌ぐものがあります。サッカーが生きるきっかけのひとつになっていると言うか、スポーツに人生を賭けている選手の姿を応援して自分の人生を豊かにするという価値観があるように感じます。育成のシステムも日本とは大きく異なり、ベトナムでは幼少期に運動神経が良かったり、センスが有りそうな子を囲い込んで大人になるまで育てます。つまり、初めに選ばれなかったらプロになる道は閉ざされるという厳しい環境。だからこそ、自分の想いをチームや国に乗せて懸命に応援するのかもしれません。指導者としては選ばれなかった子も、どうにか世界に出ていくチャンスを掴んでもらいたいという想いを持っています。これだけサッカーに対して高い熱量がある国なので、環境が整えばベトナムサッカーのレベルも上がるはずです。子どもたちのチャレンジを全力で後押しサッカーを仕事にできている事自体が幸せですが、その中で教え子達がサッカーを通じて何かチャレンジをしたり、成功体験した瞬間を目の当たりにすると特にやりがいを感じます。子ども達は誰とどういう環境で出会うかによって人生が大きく変わると思うので、そのきっかけに自分がなれたというのは嬉しいです。関わった子ども達がその後、サッカーで有名になったり、サッカー以外の世界で活躍している姿を目にするのもまた幸せです。今までのキャリアを通じて日本、ヨーロッパのサッカーを経験してきていますが、東南アジアのレベルはまだまだ低いです。まずは今いるベトナムサッカーのレベルを引き上げる事を育成普及含めて一番に頑張りたいです。ゆくゆくは東南アジアの他の国にも自分が吸収してきた事を還元できるような活動に繋げていきたいと考えています。