指導者になって感じた、プレーヤー時代の感覚を言語化する難しさ-中村さんが指導者を志された経緯はどういったものだったのでしょうか?もともと、プロ選手として今後の人生を歩んでいくということが第一の自分の目標としていたものです。ですが実際、プロの期間というのもそんなに長いわけじゃないですし、もし自分がプロサッカー選手になれないのならば何が自分の仕事としてあっているのかというのを考える時期がありました。その時に、教員という仕事をしながらサッカー指導者になることが自分に合っているんじゃないかというところで魅力を感じたんです。現役としてプレーしながらも、教員になるための準備を大学に進んで始めていたところが指導者を志した経緯ですね。-選手の時に比べて、指導者として難しさを感じた時はあったのでしょうか?選手としては大学を卒業するまでやってたので、ある程度高いレベルのプレーを選手たちに見せるということは指導者になりたての頃はできていました。しかし、自分がプレーしていた時に感じた感覚的な部分を言葉で伝えるっていうところにはまだまだ経験不足だったり勉強不足っていうのをすごく感じていたんです。その中で、とにかく選手とコミュニケーションの量を増やすというところを初めは特に意識しながら取り組んでいました。自分が経験したものと照らし合わせながら、それをどうやったら伝えやすくなるかというのは意識しましたね。選手によって捉え方も人それぞれ違うので、コミュニケーションの中から「どういった言葉がその子にはすんなり入っていきやすいのか」というところをすごく考えてコミュニケーション量を増やしていました。 指導者になりたての当時所属していた藤枝明誠高校では高校部活動のコーチ業だけでなく、下部組織もあったので、ジュニアユースの方でもお手伝いをさせてもらう機会をいただいていました。さまざまな育成年代の指導者の方々の指導を間近で見るというのは、今の自分にとってはすごく活かされている経験です。一番身近な指導者から築かれた “選手の良さを最大限引き出す” 指導-お父様もサッカー指導者をされていたそうですね。お父様からの影響も大きいのでしょうか?幼い頃から父が自分にとって一番身近な指導者でした。少年団やジュニアユース、高校もすべて父に教わっているので指導者としての大きな影響を受けています。また父も自分の母校のOBなので、母校の斉藤重信先生には僕も幼い頃から顔を合わせることがありました。その2人から、今の自分のベースとなるものは作られているのかなというふうに感じます。-多くの指導者の方からの影響もあって形成された、中村さんの指導軸を教えてください自分が指導する上では、伝えるということがすごく大事だなという想いがあったので、そういった部分は女子でも変わらない中で出来ているという印象があります。ただ、男子への指導から女子への指導になって一番変わった部分は、『選手から思っていることを言葉にしてもらい、自分が聞き入れる』という部分です。異性というのもあるのかもしれないんですが、 自分の思いを伝えるのにどうしても壁ができやすいところがあったので、どうやって彼女たちの思いを聞き出すかというところは、男子よりはすごく時間をかけて取り組んでいるものですね。さらに、選手たちの精神的な安定性を保つためにはどうしたらいいかをすごく考えています。どの学校の選手たちもそうだと思うんですけど、 一つのプレーでちょっとミスしただけですごく思い悩んでしまい、その後のプレーに影響が出るっていうことが女子サッカーの環境でもありました。「それは大丈夫だよ」と心理的安全性を作ってあげると、選手は自分の持っている以上の力を発揮してくれるというのを指導者として学んだので、技術的や戦術的な指導は男女関わらず同じようにやっています。心理的安全性の部分は、女子ではすごく考えて丁寧に指導しているところですね。-おっしゃった軸も、監督とコーチとではまた違ったものがありそうですね。監督として始めてチームを率いる立場になった時は、コーチと監督という立場の違いからどうしても選手との間に壁ができるのかなと思う部分はすごくありました。コミュニケーションの取り方やアプローチの仕方も、なるべく選手の内側から引き出すように ”待ち” の姿勢を取ることが今までは多かったです。そこでコーチと監督という立場を両方経験して思ったのは、「そんなに変えなくてもいいな」ということです。自分が「この子にとって必要だな」と思うことは、どんどんしていきながら自分の考えを伝え、引き出してあげる方が僕自身も新たな考え方を選手たちから身につけることができるようになりました。サッカーのことだけでなく、くだらない話も含めていろんな話をピッチ上でもするようにしていますね。(笑)「女子サッカーの発展を通して、女性が活躍する社会を当たり前に」-中村さんが指導者として幸せに感じる瞬間は、どんな時でしょうか?自分が見れるのは、あくまで高校3年間でしかないので、高校卒業後にどういった活躍をしているかっていうのを知れるのはすごく嬉しいことだなっていうふうに思います。まだWEリーグができたとは言え、女子サッカーの環境が素晴らしく整ったかというとまだそういう訳ではないと思っています。うちの選手ですら高校でサッカーを辞めていく子だったり、いろんな子がいます。しかし、選手たちがどういう道に進んだとしても活躍が耳に入ってくることだったり、活躍を見ることができるのがすごく指導者として嬉しいなというふうに感じます。教員なのでサッカー部の子たちとは学校生活の中でも関わりが多く、すごく濃い時間を過ごしています。自分の担当するクラスの子たちもいろんな個性を持っている子たちがいますし、運動が得意な子や苦手な子、勉強ができる子や苦手な子がいます。そういった子たちを自分自身と向き合わせながらも、自分の良さに気づいてもらえるにはどうすべきか、日々考えています。うちの学校は、社会で女性が活躍する場をもっと増やしてあげたいという思いを持っている学校です。サッカー部以外の生徒たちも社会で活躍できる土台を、この高校3年間で作っていきたいなっていう思いがあります。自分は教師として、部活動の顧問としてできることをやっていけたらなというふうには思っています。-最後に、中村さんの夢や目標を教えてください今年女子高校選手権で優勝させていただいて会見の中でも言ったんですが、女子日本代表が2011年に世界一になっているということは、もう一度世界一を取る可能性を大いに秘めているというふうに自分は感じています。その中で、「女子は男子よりスピーディーなサッカーができない」とか「パワフルなサッカーができない」とかいろんなマイナスのことを言われてきている中で、そこに男女の差はないよっていうところを広めていきたいですね。日本が世界一になるための土壌を高校サッカーから作っていきたいなと感じています。なので今年のうちの決勝戦でのサッカーも、おそらく長年見ていただいているコアファンの方たちからするとちょっと違うサッカーに見えたかもしれません。今、世界で主流とされているサッカーに指導者側がアンテナを張って、ブラッシュアップさせながら進んでいくことがこれからのサッカー界の発展につながると信じて取り組んでいます。これからも藤枝順心のサッカーを通して、女子サッカーを盛り上げていきたいなと思います。