「データで紡ぐサッカーの軌跡」- 木下さん、まずはご経歴について教えていただけますか。小学校1年生の時にサッカーを始め、私立の中高ではサッカー部に所属していました。その後、東京大学に入学しア式蹴球部(サッカー部、以下東大ア式)に入部しましたが、途中で選手を辞めて分析を担当するテクニカルスタッフに転向しました。卒業と同時に部活を引退し、現在は大学院に通いながらエリース東京FCのテクニカルコーチを務めています。- 東大ア式でのサッカー経験についてお聞かせください。テクニカルとしては分析全般を担当していました。スカウティングと呼んでいる試合前の対戦相手の分析、試合中の分析、試合後のパフォーマンスの分析を行い、チームの振り返りの動画や選手個々に対する動画を作成するというサイクルを回していました。- テクニカルコーチ(スタッフ)としての活動に移行した理由は何ですか。東大ア式に入っていなければサッカー自体を続けていなかったと思うので、まず東大に合格したことが大きかったです。しかし大学1年生の間に怪我をしたり、自分のプレーがうまくいかなかったりという経験を経て、学業の進路を決めなければならない2年生に上がるタイミングで自分の興味ある分野であるデータ分析をサッカーに結びつける形で関わりたいと考えた結果、テクニカルという新しい役割を見つけました。「指導哲学は選手との共鳴から」- 指導者として影響を受けた方はいますか。2人の指導者から大きな影響を受けました。1人は中高時代の顧問の先生で、東大ア式のOBでもある方です。自分を選手として信頼して起用してくれましたし、「お前は東大ア式に行け」と励まし続けてくれました。東大でサッカーをすることは憧れでしたし、高いモチベーションを維持して受験勉強を乗り越えることができました。もう1人は現在のエリース東京FCの監督、山口遼さんです。彼が東大ア式の監督だったころはコロナ禍で、直接コミュニケーションをとることが難しい時期でしたが、テクニカルに転向した僕を気にかけてくれていました。現在自分の持っているサッカーに関する知識や指導法は、ほとんどすべて彼から学びました。実際にエリース東京FCで一緒にやろうと声をかけてくれたのも山口監督で、彼の存在が、僕が今もサッカー界にいる1つの理由です。- 選手とのコミュニケーションで心がけていることは何ですか。選手とフラットな関係を構築することを心がけています。山口監督のゲームモデルやプレー原則は「相手がこう来たら、こうしろ」というような具体的なプレーのパターンではなく、サッカーを数学的に捉えた時により有利に試合を進められるような判断基準によって作られています。サッカーにおいてプレーの正解は1つではないため、選手に正解のプレーを教える、指導するのではなく、より多くのプレーの選択肢を持ってもらい、そこからより試合を有利に進められる「正解に近そうなプレー」を一緒に探しながら、横並びで成長していきたいと考えています。- 木下さんはレアル・マドリードのファンとしても知られていますが、その影響について教えてください。レアル・マドリードを好きになったのは、小さい頃にスター選手が多くいたことがきっかけです。指導者としてサッカーに関する知識のインプットをしていく中で、やはり何かを学ぶにはアウトプットする場を自分で作らなければならないと感じ、レアル・マドリードの分析記事を書くようになりました。好きなチームなので高いモチベーションで打ち込むことができましたし、このアウトプットを通じて間違いなく自分のサッカーに対する理解が深まりました。- レアル・マドリードの分析が指導にどのように活かされているのかを教えてください。実際に海外のトップレベルのプレーを参考動画としてまとめ、選手たちに見せることが多いです。レアル・マドリードやバルセロナ、マンチェスター・シティといったチームと日頃の指導を照らし合わせ、自分のチームの選手たちに何が不足しているのか、そしてトップレベルの選手たちがどのようなプレーの選択肢やイメージを持っているのかを学び、それをチームに還元しています。- これまでに指導者冥利に尽きると感じた瞬間はありましたか。東大ア式でテクニカルをやっていた頃は、対戦相手の分析が当たったり、予想通りの試合展開になってゴールが決まったりなど、勝敗に関わる部分で喜びを感じることが多かったです。しかしエリース東京FCに来て、監督が信頼を置いてくれて選手の成長により大きな影響を与えられる立場になってからは、選手が直接「慶悟のおかげでプレーの選択肢が増えた」「今まで見えていなかった選択肢が見えるようになった」「慶悟と話してからプレーが良くなっている実感がある」と言ってくれて、その瞬間が一番嬉しかったです。また色々なカテゴリーやチームでプレーしてきたベテラン選手が「今のサッカーが一番楽しいし、学びがいがある」などと言ってくれた時は、僕自身もエリース東京FCに来て良かったと感じました。「未来を見据えたエリース東京の挑戦」- 改めて、指導者という職業のどんなところに最も魅力を感じますか。僕が指導者にこれほど熱中している理由は、サッカーに対する知的好奇心がそのほとんどを占めています。サッカーはルールだけを見れば非常にシンプルであるにもかかわらず、こちらからのアプローチに対してチームがどのように機能するのかという点では非常に複雑です。そのシステムを、そしてサッカーを数学的に解釈したいという思いが強いです。もう1つは、エリースに来て感じたことです。ここには色々なバックグラウンドを持つ選手たちがいて、これまでの人生で関わる機会がなかったような人たちとサッカー面だけにとどまらずプライベートや社会人としての会話をすることで、人間としてもより豊かになれる、成長できると思っています。- 最後にエリース東京FCと木下さん自身の目標を教えてください。チームとしては、現在所属する関東1部リーグの目の前の一試合一試合をしっかりと戦い、少しでも多くの勝ち点を積んで最短でのJFL昇格を目指します。またエリースは、僕自身がコーチをやりながらもサッカーをプレーしたくてたまらないという気持ちになるほど、面白いサッカーをしていると思っています。エリースの試合を見に来てくださった方々に「久々に自分もサッカーをやりたい」と思ってもらえるような、魅力あるチームにしていきたいです。個人としては、試合の勝敗も当然大事であると考える一方で、自分とのコミュニケーションを通して「この1年で間違いなく上手くなったな」と思ってくれる選手を1人でも多く増やすことを目標に、残りのシーズンを戦っていきたいです。