大好きなサッカーで恩返し、選手キャリア終盤からの思いを形にした-J1~J3を含め、10クラブでプレーされたのちに指導者を志された経緯はどういったものだったのでしょうか?高校時代からサッカー漬けの生活をおくってきました。Jリーグでの貴重な経験、恩師である澤村公康コーチをはじめ、多くの素晴らしい指導者とのご縁をいただいたことを含め、人生の学びの半分以上をサッカーが占めています。引退が近づいた頃、恩返しっていうと少し大げさですけど、僕のサッカー人生に良い影響を与えた経験や学びをどうやって次の世代に引き継げるか真剣に考えはじめました。所属クラブからはこれまでの経験を評価していただいて、当時JFLのヴァンラーレ八戸 元監督 柱谷哲二さん(元日本代表)から「指導者と選手を兼任したらどう?」と打診を受けたのも、選手兼指導者に挑戦したきっかけです。クラブは当初、少し若いGK指導者を選ぼうとしていたみたいですけど「田中の方が経験もあるし、休みながら指導者業ができていいんじゃないか」と選んでいただき、僕の方も迷いなく始めてこれまで続けています。-多くの指導者の方からの影響も、大きなものだったんですね。僕にとって初めてのGK指導者だった澤村さんは、僕にとって偉大な存在です。GKと聞くと縁の下の力持ちというイメージを持つ人もいると思いますが、実はサッカーで中心的な役割を担う、責任重大なポジション。澤村さんからGKのあるべき姿を教わるうちに、僕自身もGK一筋でやっていこうと思うようになりました。指導する側になった今でも「澤村さんだったらどうするかな。こういうアプローチするんじゃないかな」、「選手にこんな対応するんじゃないかな」とよく澤村さんを思い出します。柱谷監督との監督・選手の関係は1年間でしたけど、柱谷監督からもGKの技術もフィールドの知識もたくさん吸収しましたし大きな影響を受けました。トップセレクションで抱いた危機感-指導者として現場に立つ傍ら、後進のGKたちを支える活動もされているそうですね。僕が設立した一般社団法人日本GK協会(通称「JGKA」)という団体を、今年から法人化しました。日本のGKの集合体を目指して、英語名の「協会」はよく使われるAssociation(アソシエーション)ではなく集合体を意味するAggregation(アグリゲーション)を選びました。この団体を作った背景にあるのは、GKだけが集まってトップセレクション(選考)をやった方がGKの技術を客観的に評価して、それぞれのクラブが必要としている選手を選ぶことができるだろうなという考えです。一般的に開催されるセレクションのほとんどは、GK以外のフィールドプレーヤーも集う11対11のゲーム形式ですけど、セレクションに参加しているGK全員が技術を十分に見せられるチャンスがありません。僕もセレクションのお手伝いをさせてもらった時に「あのGKはどう」と聞かれても、そのGKがプレイしてないと何とも言えなかったです。結局、GKを探している側は選手のプロフィールに書いてある経歴、年齢、サイズだけでどの選手を選んでいくケースが多いんです。それぞれの選手にはプロフィールだけではわからない強みやプレースタイルがあるはずで、それをもとに選手を選ばなければクラブ側のニーズとミスマッチが起きてしまいます。GKのセレクションを作った方が良いという僕の考えを聞いて「一緒にやってみよう」と協力してくださる方が見つかり、ようやく実現することができました。JGKAの今の活動の主軸はこのセレクションで、今後はGK指導者向けの講義、GK選手の組織化などに広げていき、GKに関することはJGKAに相談したら何でも解決できるようにしたいです。GKとクラブの間の溝を埋める架け橋となる-田中さんが思う、『日本サッカー界におけるGKの課題』は何かございますか?GKの重要性を認識しているクラブは前よりも増えてきています。問題は、GK指導者が少ないためにGKについての知識が不足していることです。そんなクラブが僕たちのセレクションに来ていただけたら、クラブに必要なGKは誰なのか、どのようにGKを育てたら良いのか、GKへの理解がもっと深まると思います。-なるほど、具体的に日本GK協会が開催しているセレクションの特徴は何でしょうか?僕たちのGKセレクションは全体で2時間です。参加するGK選手と視察するクラブのニーズに合わせた内容でトレーニングメニューを組んでいます。選手の実力が最大限に発揮できる内容にすることも心がけてます。ウォーミングアップから始め、試合さながらのプレッシャーを与えられる環境のなか、選手たちにGKトレーニングをこなしてもらいます。1人が受けるシュートは約25本、クロスボールも約20本です。通常のセレクションと比べてプレー機会が増えるので、それぞれの強みを存分に見せてもらえたらいいなと思います。視察するクラブ関係者には、探しているGK像に合わせてトレーニングを見てもらえるように案内します。シュートを止められるGKを探しているならシュートストップを重点的に、足元の前のに選手が欲しいのであればビルドアップトレーニングを中心に見てもらうといいです。「ミスを怯えず、挑戦する勇気のある選手は強い」-田中さんがGK指導者として大切にされる軸についてもお伺いしたいです指導する側として僕が特に重視しているのは、しっかり周りを見て自分で状況を判断してプレーをしてもらうこと。ミスはしていいんです。自分で考えて実行したプレーや行動の良し悪しを振り返ることが必要。自分の判断で良いプレーができたら再現があります。逆にスーパーセーブとか偶発的なプレーには再現性がありません。GKは手を使うのはもちろん、後ろから他のメンバーとコミュニケーションを取りながらゴールを守る存在です。自分がどうゴールを守るか判断するだけではなく、周りの選手にも「賢治は次にこういうプレーをするんだな」とわかってもらう必要があります。GKが判断できてはじめて、他の選手が「俺はカバーしよう」とか「俺はシュートコースを拾う」と動いてくれるんです。自分で判断することはGKの責任です。-指導者として幸せを感じる瞬間はどんな時ですか?GK指導者の目線から言うともちろんですが、今のクラブが失点ゼロで勝てた時に一番やりがいを感じます。ただ、試合での結果は運など様々なものが含まれているので、やっぱり日々の練習を重視したいです。僕のアドバイスで選手が変わったとかではなく、選手が自分で考えた結果できなかったことができるようになったとしたら、その選手の大きな成長なので指導者としてやっぱり嬉しいです。そういう時って選手の表情からよく伝わります。-田中さんから見た、『良いGKの条件』は何でしょうか?強いなと思う選手の特徴は、自ら判断できること、それからミスする勇気を持つことです。僕は口酸っぱくこの2つを選手たちに伝えてます。色んな選手を見てきて、人前で思いっきりミスできる選手、自分のミスを認められる選手は成長の幅も広いし強いです。サッカーほどミスが多いスポーツって他にないと思います。一番ミスしてはいけないポジションがGKです。でも上手くなるためにミスは必要。特に日本人は人前で恥をかきたくないとか失敗することを気にしがちだと思うんですけど、練習中はミスしてもいいと恥を捨てられる選手はとても伸びます。GKの地位向上で日本のサッカーが強くなる-最後に田中さんの夢や目標、JGKAが見据える未来を教えてください。JGKAとして目指しているのは、GKやGK指導者、スタッフをクラブチームや大学に派遣できるようなGKの総合会社になることです。総合会社になって実現したいことがいくつかあります。一つはGK指導者の地位向上です。GK指導者が少ないですが、その大きな理由はGK指導者の仕事だけでは生活できないからだと思います。GK指導者がもっと評価され、GK指導者を仕事として食べていけるような仕組みを作る必要があります。もう一つの目標は、GKの技術アップです。クラブチームに向けて「GKにもっとお金を使っていい選手取ろうよ」とか「GKからGK指導者を育てよう」と呼びかけたいです。GK指導者の地位向上とGKの技術アップは繋がっています。日本でGKの地位が向上すれば日本人GKのレベルはさらに上がるでしょう。澤村コーチも「日本はGK大国」と言ってるように、日本人はGKに必要な繊細な能力を持ち合わせてると思います。あとは、僕ら指導者がどうやって選手たちの潜在能力を引き出せるかどうか。それから、子供たちにGKの魅力を伝える普及活動も必要です。海外ではサッカーを始めるよってなるとゴール前でGKが5人くらい張り付くくらい、人気なポジションです。日本でもそれが実現できたら最高ですね。できると信じてなければ絶対実現できないです。僕らはそのためにGKセレクションなどの活動を続けていく。僕はこういう想いを込めて、「日本のGKから世界のGKへ」という文言をJGKAが掲げるものにしています。日本人GKが世界でレギュラーを取って欲しい。そんな想いとともに、これからの日本のGKのために精進していきたいと思います。