サッカーとの腐れ縁 指導者として返り咲く僕は小学校の頃からサッカーを始め、元々はプロサッカー選手になりたかったんです。地域のセレクションとか選抜にはことごとく落ちてしまい、教員を目指して大学の教育学部に進みました。その頃はサッカー指導者になろうとは一切思ってなかったです。その理由は、これまで受けた選考に落ちたことと関係があります。僕はGKとして指導者から教わった経験がなかったため、どんな選考でも技術を見てもらうことなく落とされたんです。実力を証明できるチームに所属していることや、専門の指導者との繋がりがないとGKにはなれませんでした。選考を受ける意味を見出せなくなってサッカーからは離れましたが、草サッカーは趣味として30歳まで続けていましたね。30歳で都立高校の教員になった時、勤務先の学校でサッカー部の顧問の先生が異動することになったんです。草サッカーの経験もあった僕は、「サッカーできる?」と誘われて指導者になりました。その頃からGKの指導者として様々な経験をしましたよ。地域のトレセンでも指導者として関わらせていただいて今年で12年目で、地区選抜でも10年くらい関わっています。「指導者に教わらなかった」経験が強みになったすでにお話ししたように、僕の指導歴は長いですが、サッカーを専門とする指導者から教わったことがありません。小学校は地域チーム、中高は公立学校、大学も総合大学でサッカーをしていたからです。それでも高校時代の顧問には今でもありがたいなと思っているんです。その顧問は、プロの試合や練習に僕らを連れて行ってくれるくらい熱心でした。今は観戦すれば当時より技術面についてたくさん説明できます。選手たちにそういう解説をしたり、僕が昔できなかったことを今は彼らのためにできるようになりました。僕自身が指導者として大切にしてきたのは、GKとしてこれまでやってきたことに、生徒と一緒に取り組むことです。指導者から教わったことがないので、僕の中には ”指導者像” がなく、任された仕事とはいえ遠い存在でした。まずは「サッカーを教えるってなんだろう」と考えるところからのスタートだったんです。サッカー元日本代表の松永選手の著書などを読んだり、色んな動画などからヒントをもらうこともありました。「指導者はこうあるべき」という考えに縛られていないことが、逆に強みになったようにも思います。指導者というのは選手に練習メニューを与える立場にあることが多いです。それはそれで意味がある指導スタイルだと思います。僕の場合は、選手みんなと一緒に練習メニューを考えて「これもやってみよう、あれもやってみよう」というふうに、生徒と同じ目線になることができるんです。それを積み重ねて今に至ります。常に学んで成長することも大切にしてきました。GK指導者というのはメインの指導者とは違って、いつも誰かの下にいるわけです。トレセンを含め、毎年メインの指導者が入れ替わると、それぞれの指導者の考え方を理解し、それに合わせて僕も選手を教えないといけません。選手だけでなく、僕も成長を試されてるように思います。そういう意味で、僕自身も常に自分をアップデートし、選手にもその成果を伝えるように意識しています。(写真上段左から三人目が田中さん)国語教師としての経験が指導に活きる国語教師という立場もありますが、コミュニケーションを意識してサッカーを教えていますね。話す・聞くの積み重ねがチームの信頼関係を作り、信頼関係が生まれるとより楽しくサッカーに取り組めるようになるんです。コミュニケーションと大きく関係しているのですが、選手達のモチベーションを安定させることも大事です。昨日はモチベーションが高かった選手が今日はやる気がないなど、やる気の波が激しいと続けることが難しくなります。そうすると、チームのコミュニケーションにも悪影響で、楽しくなくなってしまいますよね。モチベーションを安定させるには、決まったルーティーンや規則で縛るなど色々とあるんですけど、やっぱり部活に来て楽しい時間を作ることが一番です。それは根っこの部分ではコミュニケーションに行き着きます。実はGKは、チームのコミュニケーションでも重要な役割を担っています。チームを盛り上げて楽しい場を作るにはGKの存在が欠かせません。高い目標を掲げているクラブチームと違って、公立高校のチームでは部員の技術レベルには大きな差があります。サッカーがしたくて入ってくる子もいますが、どこかの部活に入らないといけない決まりがあるから入部してくる消極的な子もいるんです。メンバーのモチベーションや技術がバラバラでも、盛り上がって気持ちが繋がれば上手いか下手か関係なく打ち込めます。教員としてサッカーより受験勉強が大切だという考えも理解しています。でも今、都立高校は「変革の時代」と言われていて、新しいチャレンジをすることに重きを置いてます。私立高校がとても人気で、都立高校に行きたいと思う受験生を増やす必要があるためです。サッカーでも貢献できる可能性があります。努力が少しでも報われるサッカー界を目指して僕の夢は、頑張った分だけ報われるサッカー界になるように貢献することです。僕はサッカーが特別上手いというわけではないんですよ。パイプがなくて選考に通らず選手になることを諦めるなど、何度も何度も壁にぶつかり悔しい思いをしました。昔の僕みたいな経験をしている人たちを支えてあげられる人間になりたいですね。今もトレセンでサッカー界にパイプがない人たちがいると、昔の自分と重なって、すくい上げてあげたいと思うくらいです。指導者をしていて生きがいを感じる時は、部員が高校でサッカーを楽しんでいることはもちろん、みんなが卒業した後にサッカーサークルに入るなどしてサッカーを長く続けてくれていると知ったときです。なかにはサッカーの指導者になった教え子もいます。公立高校のサッカーチームでは、部員の目標や技術にばらつきがあり、強くなることを最優先にしているクラブチームのように全員が同じ方向を目指すことはまずありません。だから、上手になること以外に、サッカーを通してチームメイトと楽しい時間を過ごすこと、それから多くの指導者が言っているように人間性を育てることも目指しています。サッカーに限らずやりたいことに向かって一生懸命になって、苦しいことがあってもサッカーの経験のお陰で頑張れているという卒業生は本当に輝いてますね。サッカーの経験によって、その人の人生が充実したものになっていると嬉しいです。