心の支えがなかったからこそ、自分の気持ちと向き合えた-河岸さんがドイツに渡られた経緯や、これまでドイツで活動し続けられている理由は何でしょうか?2004年にどうしてもサッカー選手になりたいという夢を叶えるために、ドイツに渡りました。大学の先生がシュツットガルト出身ということもあり、そこから選手として2~3年はチャレンジしましたが、20年前なので日本人がドイツでサッカーするというのも珍しく。当時は高原さんなどはいましたが、アジア人すら稀有な存在だったんです。その後に香川真司くんがドイツに来てから、岡崎慎司も来て今までとガラッと変わりましたね。いろいろな選手の功績のおかげで日本人がブンデスリーガにいることが受け入れられるようになってきましたが、僕が渡った当時は考えられませんでした。なので、僕がドイツに来た当時から今までで、何か心の支えになるものがあったのかと言われると、正直ないですね。「来るな」と言われるまで、なんとか食らいついて行こうという気持ちで。何も支えがなかったので、その分自分自身を信じて突き進むしかなかったんです。アジア人への差別もありましたし、名門クラブにアジア人がいるってだけで珍しくて。選手の親御さんたちもアジア人コーチってだけで疑問を抱かれたりもしました。この状況で、「負けるか」という気持ちだけでやってこれました。ドイツで活躍した日本人選手たちの共通点は、〇〇力-ドイツで多くのプロ選手を観てこられた河岸さんが思う、"トップ選手たちの共通点" は何でしょうか?面白いことに、ドイツで成功した選手はメンタリティ・人間性の部分が卓越していましたね。しっかりと話に耳を傾ける選手が多かったです。僕は、ドイツの指導者ライセンスを持っているのでなぜ日本のサッカーとドイツのサッカーが違うのか?そもそも何がドイツのサッカーなのか?を原理原則に沿って選手に細かく伝えていました。これをよく表すエピソードがあります。岡崎慎司がシュツットガルトにきた当初、彼は4-2-3-1の左サイドで使われることが多かったんです。いわゆる左サイドのウイング的な役割を要求されていたので、日本代表での裏をとってゴールに向かうスタイルとは違って本人も苦手だったと思います。その時、「ボランチがサポートに来てくれない」と慎司が言ったんです。日本だったら、サイドにボールが入った時にはボランチがサポートに来てくれるのにドイツは来ない。ドイツの選手たちはパスしたけりゃ自分でパスコースを作るというスタイルでサッカーをしているので、「みんなで話し合って連携し合うというよりも、個々で打開しないといけない」と慎司に伝えました。内田篤人くんが「ブンデスのサッカーは別競技ですよね」と称するのはまさにそうだと思います。日本で叩き込まれた ”サッカーの常識” をその国のスタイルに変化させるのが一番難しいですね。丸ごと変えないといけない時もありますから。これは、体験しないとわからないことですが本当に日本とドイツのサッカースタイルは全然違いますよ。この違いにいち早く気づいて、現地の指導者のアドバイスに耳を傾ける傾聴力のある選手が大きく成長しています。"日本のチームは、ゴールへの最短距離を重要視すべき"-河岸さんが指導者として、特に意識されているものは何ですか?今年でドイツでの生活が19年目になりました。この19年間、自分が日本人ということを意識してサッカー指導者をしていることはないですね。いちサッカー人として、国籍は関係ないと思っているので。ただ、ドイツに来た当初は自分が知っている日本サッカーの基準と比べてそれでいいの?と思うことがありました。例えばボールの受け方。シュツットガルトレベルで、そんなボールの受け方でいいの?と。「どう考えても、論理的にこっちの方が良くない?」とトレーニングで提案しても、「ゴールまでのスピードを重視するサッカーなので、それは違う」と言われて。ドイツがボロボロの時代から、育成やサッカースタイルをしっかりと構築しようというタイミングで僕が渡ったというのもあり、ある意味今のドイツサッカーを形成していく変革期だったのも大きな要因だと思います。結局、何年後かに日本で学んだことをようやくドイツでも言われ出したんですよ。これがすごくカルチャーショックでした。ゴールまでの最短距離を追い求めることは、サッカーにおいて最も必要なことです。これを徹底しているからドイツがサッカー大国の一員と言われているのだと思います。日本はゴールを決めるためのプロセスを重点的に指導されるイメージですが、このプロセスをしっかり行うからゴールが決まるというわけでもない。ゴールへの最短距離を前提条件に、そこに付随するプロセスにこだわり出したのでドイツが強豪国になっていったのだと思います。日本のチームももっと “ゴールを奪う” ことに目的をおいた方がいいですね。元プロの監督と非プロの監督の違った良さ-河岸さんのような、選手としてプロ経験のない指導者も近年は増えてきていますね。今ライプツィヒの監督をやっているテデスコは、アカデミー指導者時代にタッグを組んでいた親友でもあるんですが、彼と話していたのは、「やっぱり僕らは元プロ選手じゃないからサッカー理論に自信を持って指導しないといけないよね」ということです。つまり我々は元プロ選手のわからないことや見えていない、外から見たサッカーというものを大事にして指導するべきだと。しかし、それと同様元プロ選手の指導者だからこそ選手に伝えることができるものもあるんです。-河岸さんの指導者像に大きな影響を与えている方はいらっしゃいますか?トップチームに上がった時の僕の師匠でもある、当時のシュツットガルト 監督ブルーノ・ラバディアには「トップオブトップにもなると、理論なんてあまり関係ないんだな」と気付かされました。選手たちのマネジメントは、やはり現役時代に経験したものが生きるんだと思います。ドルトムント戦なんかはどの選手よりも監督が一番気合入ってましたからね(笑)こういうものを目の当たりにすると、やはり元プロ選手の指導者が持つ良さが出ているなと思います。ただ僕は高校教員をしていましたし、いろんな分野を学ばせてもらった人間だからこそ多角的な視点を持っていると思っています。多角的な視点からサッカーにおいてどうアプローチしていくかというのは、元プロの監督にはなかなかない優れた部分なんじゃないかなと思っています。今、日本のサッカー指導者に伝えたいこと-外から日本を観ることが長くなっていると思いますが、今日本の指導者に伝えたいことはございますか?間違いなく、日本人のような優秀な民族は世界的に見てもそうないと思っています。ただ、”目的に沿った手段の選び方” はまだまだ突き詰めることができると感じています。街の指導者やトップオブトップの指導者に関係なく、サッカー本来の目的は何なのかをもう一度考えてみてください。綺麗に繋ぐことが目的なのか?ポゼッションなのか? スポーツである以上勝ちに拘らないといけない。では、勝つためには何が必要なのか?をもっともっと真剣に思い描けるのであれば、あとは積み重ねです。日本の指導者の方々は本当に勉強熱心であると感じていますし、サッカーの本質を理解できる指導者の方がもっと増えていくと信じています。監督が変わってもサッカースタイルの変わらない育成現場が、勝者のメンタリティを育む