
地元山口から全国へ、レノファ山口 ジュニアコーチの指導者としての軌跡と情熱
レノファ山口アカデミーのコーチとして活動する秋月さん。彼のサッカーへの情熱は幼少期から始まり、JAPANサッカーカレッジでの経験を経て現在に至ります。そんな秋月さんのこれまでの歩みと、指導者としてのビジョンを語っていただきました。
公開日時:2024年9月17日 16:32
取材日:20240627
秋月優作
レノファ山口ジュニアコーチ
1993年8月10日生まれ。山口県出身。レオーネ山口(現レノファ山口アカデミー)にてスクールから中学卒業まで所属。高校から親元を離れ新潟県にあるJAPANサッカーカレッジ高等部、専門学校に進学。専門学校では指導者の勉強を行い、2013年レノファ山口アカデミーコーチに就任。

サッカー少年、JAPANサッカーカレッジへ
- まずはじめに自己紹介とこれまでのご経歴を教えてください。
1993年生まれの31歳で山口県出身です。サッカーの経歴としては、レノファ山口の前身であるレオーネ山口で幼稚園から中学校までプレーしていました。地元での経験を通じてサッカーへの情熱がさらに深まりました。その後、新潟のJAPANサッカーカレッジの高等部に進学し、本格的に指導者を目指すことになりました。JAPANサッカーカレッジでは、技術だけでなく、精神面でも大きく成長しました。最終的には、自分が育ったクラブに戻り、指導者としてのキャリアをスタートさせました。
- 中学生までは地元の山口で育ったということですね。
そうですね。中学校を卒業した後、サッカーの夢を追いかけて新潟のJAPANサッカーカレッジに進学しました。高校時代はサッカー選手になることを夢見ていましたが、次第に指導者の道に興味を持つようになりました。JAPANサッカーカレッジでの経験は、私にとって非常に貴重なものでした。

指導者を志した瞬間と影響を受けた指導者
- 指導者を志したタイミングと、その理由を教えてください。
高校2年生の時、自分がプロになるのは難しいと感じ始めました。でも、サッカーが大好きでサッカーを続けたいという思いが強かったため、指導者の道を選びました。特に中学生の時の指導者の熱意と、どの選手も見捨てない姿勢に大きな影響を受けました。その指導者は、一人一人の選手に対して個別にアプローチし、それぞれの可能性を最大限に引き出そうとしていました。この姿勢が、私の指導スタイルの基礎となっています。
- 特に影響を受けた指導者の方はいらっしゃいますか?
中学生の時の指導者は、本当にすごい熱意を持っていました。誰一人見捨てずに、個々の選手に対して適切なアプローチをしてくれました。その姿勢が今の自分の指導に大きく影響しています。また、プロになった同級生たちを見て、自分も何かしらサッカーに関わり続けたいと思うようになりました。特に印象に残っているのは、「自分の可能性を信じ続けることが大切だ」という言葉です。この言葉は、私が指導者として選手たちに伝えたいメッセージでもあります。

レノファ山口での指導と秋月さんの未来へのビジョン
- 現在の指導で意識していることや、今後の目標を教えてください。
選手の目線に立つことを意識しています。もちろん、褒めることも重要ですが、ダメなものはダメと言えることも大事です。選手に不公平感を与えないように努めています。現在は小学生の3、4年生を中心に指導しており、彼らが将来プロになれるような土台作りをしています。特に意識しているのは、選手たちがサッカーを楽しみながら成長できる環境を作ることです。技術だけでなく、精神面でも成長できるような指導を心がけています。
- 指導者としての夢や目標について教えてください。
プロ経験がない指導者として、プロ経験者に負けないように努力しています。自分の経験を活かし、選手たちがサッカーを好きでいられるような環境を提供することが目標です。最終的には、レノファ山口のトップチームに貢献できる選手を育てたいです。将来的には、レノファ山口が全国的にもっと知られるクラブになるように、指導者としての役割を果たしたいと思っています。そのためにも、選手一人一人の成長をしっかりとサポートし、彼らが自信を持ってプレーできるようにしていきたいです。
