FCバルセロナやエスパニョールなど、強豪クラブのカンテラ(育成組織)選手たちも通うフットボールアカデミー Brain Football。このBrain Footballでアカデミーダイレクターを務めるNil Congost氏(以下 ニル)が2023年8月に来日し、日本で活動する指導者に向けた特別講習会を開催しました。「我々は、なぜ指導をするのか?」指導者としてのあり方を考える時間から、ビルドアップやプレッシングの戦術論、年代別トレーニング手法まで。数々の将来有望選手を強豪クラブのカンテラへ輩出し、指導者としてはもちろん組織としても確立した哲学を持って前進するニルと、日本の指導者との特別な時間になりました。今回は、その特別講習会より一部抜粋してお届けします。<同期間中に開催したスペシャルクリニックの様子はこちらから>https://footballcoach.jp/reports/20230811_specialclinic「あなた方は何のために選手、チームを指導するのか」「私は指導者が持つべき3つの要素があると考えています。『自らやチームの哲学を選手に正しく伝えること』『自らやチームの哲学を自らが感じること』『自らやチームの哲学を信じること』です。この前提としてあるのが、何のために指導をするのか?チームとしてどのような目的があるのか?というもの。つまり、哲学(フィロソフィー)になりますね。どの年代やカテゴリーでも組織として、またそこに関わる指導者が哲学をしっかり持っていなければいけません。そしてそれを指標として、選手たちに正しく意図を持って伝える。この作業が、指導者として重要になります。」ワークショップの初めにニルが語った、『指導者が持つべき重要素』。選手、保護者、指導者...クラブに関わるすべての人々が同じ方向性を持って前進していくために必要なものだと捉えることができます。「私が考える指導者の在り方を理解していただき、みなさんそれぞれが考える指導者の在り方を顕在化させた上で、方法論や実践的な話に移っていければ。」このような前置きの元、二日間のワークショップがスタートしました。"相手の組織を崩す" ビルドアップが与える攻守への影響「まず初めに『グループとして、個人としてどのようなビルドアップを行うべきなのか』話をしていきます。ここで押さえておくべきポイントは、ボールの受け手のポジショニングです。ビルドアップの目的は、相手の組織を崩していって数的優位を作り、ゴールを奪い切ること。なので、選手それぞれがスペースを感じて作りだし、そのスペースでボールを受け、少しづつ前進していくことがビルドアップの基本です。」モダンフットボールの頻出単語と言っても過言ではない、ビルドアップ。我々の身近なJリーグでも、GKを含めたビルドアップから攻撃へと繋げるプレースタイルを持つ監督やチームが増えてきています。「出し手ではなく、受けてが重要だ」と語るニルは、ビルドアップに関わるボール非保持者がいかにしてスペースを作り出し、自らが顔を出せるかが鍵であると考えています。ペップ・グアルディオラがバルサ監督時代から体現し続ける、『ボール保持者と非保持者を含めたトライアングル形成が主体のポゼッションサッカー』にならった、まさにスペインサッカーにおけるビルドアップの基礎的な考え方であると捉えることができます。「バルサや、スペイン代表のようなサッカーをするチームがボールを奪われた瞬間、どのような状況が起こっていると思いますか? この場合こういったチームは構築された状態でボールを失っていて、さらに相手を崩し切っているので、相手からしたら十分なサポート体制が整っていないんです。つまり、ボールを失っても適切な距離にポジショニングをとっているのですぐにプレスに行けます。ポジショナルプレーにおけるビルドアップは、攻撃へと繋げる中でボールを失った場合もすぐに守備への切り替えを行うことができるということですね。」実際の映像を用いながら、身振り手振りでビルドアップに関しての解説を行なっていただきました。※ビルドアップの説明で実際に用いられた資料(スペイン語表記)ボールを持っていないことに対して、苛立ちを覚えるべき「サッカーは、ボールを奪われた後に奪い返さなければ当然試合に勝利することはできないスポーツです。幼少期から、ボールを保持していないことに苛立ちを覚えるほどボールを奪い返すための強い意識を持っておくべきであると思っています。ボールを奪い返す際に行うアクションがプレッシング。プレッシングの方法や強弱などは、ゾーンによって決まってきますよね。自陣ゴール付近で勢い任せて突っ込むだけだとかわされてしまいますが、相手ゴール付近ではアグレッシブに奪いにいく必要があります。しかし、連動のない単発なプレッシングだと効果はありません。その状況に応じた適切なプレッシングを選手自身が心がけ、チームで共有しておく必要があります。ではどのようにプレスを実行していくのかも少し考えてみましょう。」プレッシング戦術として難しく考えるのではなく、奪われたボールをどう奪い返すのか。非常にシンプルなこの問題に対して、『どこで、どのように奪い返すのか』を明確にチームとして持っておくべきだとニルは考えます。育成年代、特に小学生や中学生年代では連動したプレッシング戦術を選手に落とし込むのは容易なことではありません。『チームがボールを持っていない状態はサッカーにおいて、いかに望ましくないか』を選手たちに伝え、奪われたら奪い返すという意識をどれだけアクションとして体現できるかが重要です。※通訳を担当していただいたのは、サガン鳥栖時代 フェルナンドトーレス選手や監督通訳を務めた前田知洋さん「ビエルサ監督やバルベルデ監督は、相手のボール保持者に対してマンツーマンでプレスを仕掛けます。バルサやアーセナルは、相手の陣地でアグレッシブなプレスからボールを奪ういわゆるゾーンでのボール奪取をスタイルとするチームです。もしくは、モウリーニョ監督のようなしっかりと引いてブロックを作りながら守るスタイルもあります。このように、監督によってやチームによって明確な基準や『ボールの取り所』を共通認識として持っている場合がほとんどです。この共通認識は、言葉で理解できているつもりでも隙を与えてしまうと全てが崩れてしまいかねません。大切なのはトレーニングの中でファーストプレッシャー・セカンドプレッシャーの距離を確認することや、プレスのスイッチ役となる選手の体の向きだったり角度などを感覚として覚えることです。さらにスイッチ役の選手に付随して、連動したプレッシングで一気にボールを奪うことが好ましいので、守備時にもトライアングルが有効になってきます。」『何をするか』よりも、『何のためにするのか』二日目は、Brain Football、ニルが大切にする年代別トレーニング手法の紹介からスタート。「まず前提として、バルセロナ地域では『いかなるトレーニングも試合に直結した内容で行われる』ということをお伝えさせていただきます。試合でどういったものを出したいのか、その効果が試合でしっかりと出るように日々のトレーニングから備えなければなりません。選手が『何のためにこのメニューをしているのか』理解できていないといけません。これらを踏まえて、指導者は『選手が目的を持って楽しみながら取り組んでいるのか』に注力しながらトレーニングを行う必要があります。どんなトレーニングにも目的を持たなければいけないんです。なので、私の場合は試合中に選手たちに要求するものよりもトレーニングで要求するものの方が多くなることもよくあります。」ニルが語気を強めて発した言葉が、目的のないトレーニングは意味をなさないということ。また、その目的が選手たちに伝わっていないのなら無いのと同じということも話していました。毎週毎回決まったトレーニングをローテーションのようにこなし、試合に挑むことは選手だけでなく、指導者の成長にもつながりません。いかなるトレーニングにおいても、常に動きを止めないこの講習会の前日に行われた、ジュニア・ジュニアユース年代を対象に行われたスペシャルクリニックでも顕著だったのが『トレーニング中に流れを止めることを嫌う』ニルの姿勢。日本の指導現場でよくみられる、途中にストップして指導が入る指導方法とは真逆の姿勢です。これの答えとして、ニルの考えを語ってくれました。「私は、トレーニングも試合中の一局面だと思ってみています。ロンドの場合、仮にボールが枠から出ても流れがスムーズに行われているのならそのまま笛を吹かずに続けさせますし、ボールを奪った後の攻守交代の少しの間も気になるんです。試合だとこれが原因で失点につながってしまう可能性もある。常に切り替えの速さは求めますし、トレーニングの中でも流れを大切にします。」会の最後には、参加者の方々が普段取り組むトレーニングメニューをニルのアドバイスのもとブラッシュアップする時間も設けられ大変有意義な時間に。世界基準を知り、指導者自らが成長を求めて意見交換が活発に行われる貴重な2日間となりました。今後Footballcoachでは、BrainFootballならびにニルとこのような機会を増やしていく予定です。随時SNSなどでも告知、発表させていただきますので次回開催を楽しみにお待ちください!Footballcoachの最新情報はこちら