「すべての人が豊かになる街クラブを掲げる上で、選手・保護者の方だけでなく指導者の人生も考える必要がある。そのために、ウェルビーイングを軸にさまざまな観点からより良いクラブ運営を考えなければならない。」東京都大田区で活動する街クラブ 松仙FCを運営する筒井琢人さん。ウェルビーイングとは、”肉体的、精神的、社会的にすべてが満たされた状態である” と世界保健機関(WHO)憲章の前文の一節にて提言されています。今回はこのウェルビーイングという考えに当てはめ、街クラブが創出すべき価値や課題を、指導者であり街クラブの代表を務める御三方と深掘ります。指導者を犠牲にしない "ウェルビーイング"冒頭では、東京都で街クラブを運営する筒井琢人さん(松仙FC代表)がウェルビーイングに対して改善されてきたなと感じるものを語ってくださいました。「我々の松仙FCは人生を豊かにするというものを掲げています。子どもにとってもサッカーを始めたこの場所が人生を豊かにするスタートラインになりますし、コーチにとっても人生が豊かになるクラブでありたいです。では、その豊かさとはなんなのか。豊かさの一つにコーチ自身の成長があると思っています。ただ、日本のサッカー界には指導を学べる機会があまり整っていない。学びたいコーチたちが学べる環境をチームで作っていくことも大切だと感じました。うちでコーチを始めた人たちへの教育的な観点でもいろいろ施策を進めています。」“クラブに関わる全ての人生を豊かにする” というモットーを掲げる松仙FCでは、選手はもちろんコーチたちの人生についてもしっかりと目を向けて取り組んでいるようです。「クラブチームは、多くの人と人との繋がりで成り立っている。他人といかにして共存するかが大事になってくるので、あえて僕の強制的な部分で勉強できる機会を作り出しています。サッカーの戦術やテクニック論以前に、人間関係をいかに円滑に進めるかが大事ですね。」大森FC代表の小島直人さんもスタッフが働きやすい環境を作り出す施策を積極的に取り入れ、コミュニティ・ウェルビーイングを重点的に行っています。「指導者の中にも、意外とオープンマインドではない人もいる。もちろん、コーチたちが勉強できる機会を創出するのも大事なんですが、チームの旗振り役である私がいろんなところに赴き、交流を増やして経験値を蓄えながらその経験値を下の指導者たちやチームにも還元していくことに注力していますね。」こうおっしゃるのは荒尾FC代表の山代進さん。チームでの施策作りや環境を整えるのも大事ですが、クラブの代表として自らが足を運んで得たものや経験したものを還元するというスタンスは、コーチ人からの信頼や貢献意欲につながる要因であると感じました。街クラブが創出すべき価値は、"成長の見える化"「どのクラブも抱える課題だとは思うのですが、街クラブのコーチやスタッフの給与がなかなか満足いく水準まで上がらない現状にあると思います。原因として、日本独自かもしれませんが、”スポーツにあまりお金をかけない文化” があるということではないかと考えます。これには指導者側にも問題があると思っていて、いかにクラブや指導者が価値を創り出せるかが今後さらに重要になってくるのではないかなと思いました。」筒井さんが感じたウェルビーイングの障壁となりうる課題。これに対しての解決の糸口に、山代さんが迫ります。「筒井さんがおっしゃる通りで、スポーツの指導者がご飯を食べていけるのが難しくなっている最大の要因は、主な収入源が会費になっていること。この状態で続けてしまうと会員数を増やし続けないとスタッフの給与を支払うことで一杯一杯になり、最悪払えないなんてことになる可能性もあります。学習塾とスポーツクラブを比較したとき、親御さんが出すお金が倍以上違うというデータが出ています。これは、わかりやすい子どもの成長があるかないかの違いから生まれるものだと思います。学習塾は、子どもの成績が上がれば “通わせる価値あり” と判断できます。つまり、サッカーでも ”成長の見える化” が大切なのではないかなと思います。」山代さんがおっしゃった、”成長の見える化”。学校での成績表やテストの点数、数値で全てが現れる “学習塾に通わせる価値”。そうは言っても、スポーツにおいては数値のみで成長を評価すべきではないと思います。チームが苦しいときに声を出せる選手、試合になかなか絡めないけど腐らずに練習を続ける選手、入団当初やんちゃだった子が今では率先して家のお手伝いをするようになった選手。スポーツ、サッカーを通して人間的に成長した選手たちの姿を指導者が保護者の方々に見えるようにすることが大切であると山代さんのこの一言から感じました。クラブ運営において新たに見えてきた "街クラブ指導者としてのあり方"今回のイベントの中で、一つの大きなテーマとなった “ウェルビーイングにおける街クラブ指導者としてのあり方” 。「サッカー指導者を職業として、お金稼ぎをしたいと思っている人はほとんどいないと思う」こうおっしゃる筒井さん。上記で山代さんがおっしゃった「生活する上で、メインの給与をサッカー指導にするにはまだまだ時間がかかる」といった問題は、やはり街クラブのウェルビーイングを考える上ではキーになってくるであろう課題です。クラブ経営におけるこのような課題に、小島さんもこう言及されます。「コーチやスタッフへの給与を、彼らの生活のことも考えるとできる限り支払いたい気持ちは大きいです。しかし、かといって選手の保護者の方からお預かりする会費をより上げてコーチ・スタッフの給与にあてるといった考えはないんですよね。高いお金を払わないと、サッカーができないといった文化は馬鹿げているとみなさん思っているはずです。クラブを経営していく上で、サッカーというA面だけではなく、それを支えるB面であるビジネスの部分はもっと突き詰めていかないとなと思います。経営者としてサッカーチームという付加価値を使って、選手・保護者・スタッフが豊かになる運営を心がけていかないとなと痛感しました。」関わる人が幸せになる街クラブ。幸せの指標として年々お金の優先順位が低くなっているとはいえ、まだまだお金が幸せの指標になっていると感じます。コーチやスタッフが働く上での環境面・選手たちが成長できるサッカー指導の質・保護者にとっての子どもを通わせる価値。全てを満たすには、さまざまな障壁を乗り越える必要がありますがその障壁を越えるために前進し続ける街クラブが今後さらに増えていくことを願います。