「タイの選手たちは給与などの待遇も悪くはないので、なかなか海外のリーグに出て行く選手は少ないです。身体能力でいうと、日本人よりはサッカー向きだと感じていますがタイで育った選手たちが “外に出ていく文化” ができてくると代表チームとしてのレベルアップに大きく繋がると思います」JFAナショナルトレセンコーチやセレッソ大阪堺レディース監督を歴任し、現在JFA海外派遣指導者として女子タイ代表と女子U20タイ代表を兼任で指導する岡本三代さん、同じくJFA海外派遣指導者で中国四川省成都市サッカー協会のテクニカルダイレクターとして指導者養成に携わる天野圭介さんをお招きしたイベントを開催しました。異国の地で活動される指導者養成と代表監督という視点から、アジアのサッカー文化に必要なものを岡本さんのタイでの活動や国民性、国におけるサッカーの立ち位置などを中心に考える貴重な機会となりました。"海外指導者" だからこそできる、組織としてのあり方の構築日本での指導を経て、海外へとステージを移した岡本さん。ご自身が ”海外指導者” となった今、タイに与えられるものを語ってくださいました。「向こう(タイ)の選手は、時間に遅れたり自分がミスしても絶対に自分から謝ろうとしないんです。ベテランの選手でも、規律を乱すような行動をした選手は容赦無く代表から外しました。一人でもルーズな選手がいると、周りも徐々にルーズになっていきますよね。ここから先はだめだよという線引きを定めておかないと、選手からしても基準がわからない。あの選手には優しくて、あの選手には厳しいというような理不尽な思いもさせたくないので。これは、タイ人の指導者にはこれまでの流れや情、関係性が障壁となってできないみたいなんです。海外指導者だからこそ、代表チームとしての組織のあり方を構築できるのだと思います。」さまざまなクラブチームから国のエンブレムを身につけ、国を背負って戦う代表チーム。代表チームだからこその、徹底した規律を異国の地で創り上げる難しさと楽しさが岡本さんの表情やお話から感じ取ることができました。「岡本さんの代表で指導されているお写真や映像を見たら、どれもチームが一つになって楽しそうに映っているのが印象的です。この要因は何なのかな?と思っているんですが、規律の話と同様、組織としても選手個々人に対してもいいマネジメントをされているからだなと思いました。岡本さんのマネジメントをもう少し深掘ってもいいですか?」天野さんも、岡本さんのリーダーとしての立ち振る舞いに興味津々でした。「これは、池田太さん(現女子日本代表監督)の元で約二年間コーチをさせてもらい、スタッフ同士の関係性や頻繁なコミュニケーションを勉強させてもらったからだと思います。タイでも、スタッフ間の関係性をまずは大事にしています。池田さんは人を掴む能力が本当に長けている指導者の方だなと思っています。そういった、他の指導者の方から学ばせていただいたことが今の私のタイでの指導に生きているのだと思います。スタッフ、選手、自分の本音を交換し合うのが私にとってのコミュニケーションですね。」岡本さんのチームマネジメントにおいて重要な、”より本音を意識したコミュニケーション” これには天野さんも、「中国でも同じですね」と頷きます。異国の地で活動され、日本とは異なる文化背景や国民性が存在するからこそ、”指導者の発する声” に重きを置かれているのだと感じました。タイの指導者に抱いた疑問と、"これからのタイサッカー"「タイは指導において恐怖支配の印象があり、国民性として上下関係がはっきりしています。サッカーの指導現場でもよくあることで、選手を萎縮させながら指導しているので選手たちもサッカーを全く楽しんでいないんです。これでは、指導者の命令に選手が従っているだけになってしまいます。このような文化が残っているので、普段から言われたことしかやらないし言われれないとやらないという人が多いです。『ミスしてもいいんだよ』と私が指導するとうちのコーチたちは選手に『ミスをしないでください』というんですよ。この部分を少しずつ私が変えていかないといけないという使命感はあります。」タイの文化背景にも触れて、”タイサッカーの現場” を共有してくださった岡本さん。JFA海外派遣指導者のように日本から派遣される指導者の方々がこういったある種古い文化の残る国で根本から変えなければいけない課題を解決していくことも大きな責務ですね。話は指導者の話から選手の話へ。これからのタイサッカーにかける岡本さんの願いも語ってくださいました。「サッカー選手としての身体能力は、日本人よりも長けていると思います。しかし、サッカーは頭でやるスポーツ。思考力という点で、国民性の部分から変わっていかないと世界で戦える国になるには時間がかかると思います。環境という意味でも、タイのクラブチームはオーナーに貴族や品位の高い人たちが多いので資金力もあります。タイ国内でプレーする選手からしてみれば、居心地が良いんです。自分自身のスキルを磨きたいという向上心の持つ選手たちがどんどん増えていって、海外に飛び出す選手たちが増えていくとまた新たな風を持ち帰ってくることにも繋がるので非常にポテンシャルは感じています。」日本代表でも少しずつ海外組がその割合を占めていったことで更なる代表チームの発展につながっています。”井の中の蛙” で収まる選手たちが外の世界にチャレンジしていける文化づくりも今後必要になってきそうです。「わたしたちの活動をきっかけに、アジアサッカーの発展に少しでも繋げたい」「我々のような外国人監督がきて、やっとこれまで長くいたベテラン選手たちよりもフレッシュな選手が代表に入るようになってきて世代交代が進んできました。世代交代の問題は長年うまくいってなかった部分ではあるので、新しい風を入れることはできているのかなと思います。しかし、私も代表監督という重責のかかる立場なので結果が出ないと聞く耳すら持ってもらえないと思っています。いくら私たちのような海外からの指導者がただそうとしたり構築しようとしても、結果を出せていないと信用もされないと思いますし。結果を出しつつ、新たな文化を創り出す。この二つがJFA海外派遣指導者として活動している我々のミッションだと思います。私たちの活動が直接的にその国の文化や国民性、サッカーのあり方を変えることは難しいかもしれませんが、これを一つのきっかけにアジアサッカーの発展に少しでも繋げることができればと思っています。」こう語る岡本さん。「代表監督の岡本さんの取り組みや言葉は発信力もありますし、W杯に出場して国民に希望を与えることで更にサッカーの位置付けがガラッと変わると思います。国を背負って試合に臨む誇りと同時に、計りしれない責任も背負われてると思います。」と天野さんもおっしゃる通り、お二人のお話から ”自国だけではなく外の世界のサッカーにも目を向ける土壌を創り出す” ことがアジアサッカーの発展には欠かせない大切なものであると実感しました。JFA海外派遣指導者と元プロ選手から見る、 アジアサッカーのポテンシャル代表監督としての責任と覚悟を胸に タイ女子サッカーの発展と躍進を目指す中国と日本をサッカーでつなぐ。"成都市を中国サッカー界のシンボルに"