「井上敬太とは彼が小学校6年生の頃からの付き合いですが、僕の大津高校時代の教え子にあたります。大津高校ではメンバーには入れなかったのですが、平岡先生(大津高校 平岡和徳総監督)が敬太のGK指導の才能を見込み、初めて選手権でGKコーチ二人体制で一緒にベンチ入りしたのは今でも覚えています。今では、日本を代表するGK指導者の一人になったので、今日は非常に楽しみにしていました。」GKコーチとして大津高校、Jリーグで数々のGKを輩出してきた澤村公康さんは井上敬太さんとの関係性をこのように語ります。「GKコーチ原本 」第四弾となる今回は、澤村公康さんと柏レイソルトップチームGKコーチの井上敬太さんによる GKに必須の "コーチング" に対する理解を深める時間。今回の内容は、『GKコーチ原本 “先手を取るGKマインド” の育て方』にも収録されている内容となっております。澤村公康が考える、"GKのコーチング力"「GKが最もゲーム中に行う仕事で、一番ウエイトの占めているものだと思います。このコーチングが、ゲーム中に最も発揮される時に必要な要素は三つあります。タイミング、ボリューム、クオリティです。これらの一つでも欠けてしまうとそれは良くないコーチングになることが多いです。コーチング=コミュニケーション だと思っているので、独り言ではなく相手がいることが前提ですよね。カテゴリーに関わらず大事ですが、特に一番結果が求められるトップのカテゴリーではかなり気をつけて指導していましたね。」澤村さんがご自身の著書『GKコーチ原本』でも明記されている、"良いコーチングが成立するための三箇条” を解説してくださいました。「柏レイソルの試合で、特に印象に残っているシーンがあります。コロナ禍の無観客試合で、当時のGK中村航輔選手がテレビマイクに拾われるくらいの声で仲間をリードしたり飛び出す時の迫力あるコールをしていた時に、観客の有無に関わらず普段からこうやって仲間をリードしているんだなと再確認できました。そういう選手をジュニア年代から育ててきた敬太には、トップの選手のエピソードも聞きたいなと思いますね。」澤村さんが感じた、プロGKのコーチングへの徹底した日々の取り組みと成果。トップチームで、GKを指導する井上さんは選手たちの試合外での取り組みを教えてくださいました。「あの時は無観客で、異様な空気が流れていました。そんな時に今澤村さんがおっしゃった航輔のコーチングは我々の武器になっていました。勝点3を取るため、失点を減らし得点にも繋がるような彼のコーチング技術には光るものがあります。観客からの声援が彼らの力になるんですが、声援がなくとも毎日の練習から妥協せずに徹底して取り組み続けていた結果だと思います。観客の声援が戻ってから、プレー中の声が選手同士で伝わりにくくならないようにこういった期間を通してすり合わせを行ってきました。制限された中で取り組んだ、コーチングの部分では成果はあったと思います。ただ、コロナ禍が収束し、早く有観客になって、ファン・サポーターの声援が戻って来て欲しいです。」「キムスンギュは特に、シュートを打たせないコーチングが秀でている。」「本の中でもわかりやすく見開きで掲載したものですが、GKには『10の指示』を意識してほしいと思います。コーチングの中でも、特に必要なワードが10個あります。レイソルに在籍していた韓国代表のキムスンギュや航輔のコーチングやプレーを見ていると、『シュート打たせなければいいでしょ』といった単刀直入のゴールキーピングをされているのがすごくわかる。GKの役割はもちろんシュートストップというのがありますが、シュートをいかに打たせないかがかなり重要だと思っています。シュートを打たせないために、10の指示が必要ということですね。」澤村さんがこのように紹介してくださった、10個のコーチングワード。サッカーをプレーする人や、見る人には何度も耳にした言葉の数々ですがこれら10個の言葉が『シュートを打たせない』ために必要な言葉であると澤村さんはおっしゃいます。冒頭で記載した、『良いコーチングが成立するための三箇条』と『10個のコーチングワード』が掛け合わさったGKが良いGKと今回のお二人のお話では定義されています。ここで井上さんから、柏レイソルで指導した代表GKに関するエピソードが。「先程は中村航輔の名前を挙げましたが、航輔と同時期に在籍した韓国代表GK キムスンギュは特に『シュートを打たせないコーチング』が秀でているGKだなと感じました。スンギュは韓国人ということもあり、日本語と韓国語の滑舌の違いや言葉の壁を少なからず感じたことがあったと思います。しかし、日々の練習からフィールドプレーヤーとの言葉の連携を大切にしながらトレーニングに励んでいました。ゲーム中の彼の、『キーパー』『クリア』の声は一級品でしたね。タイミング、ボリューム、クオリティ全てがマッチしていました。とにかく力強くて、味方を鼓舞するだけでなく相手が萎縮するような声を出せるGKですね。W杯で韓国代表GKとしてゴールを背負得るのにも大いに頷けます。建設的な意見交換ができ、日本語も僕とコミュニケーションを不自由なく取れるまで上達していましたしね。」韓国代表守護神のゲーム中のみならず、日々の取り組みに関するエピソードはなかなか聞けない貴重なお話でした。(井上敬太コーチとキムスンギュ選手)GK指導者が考える、"良いコーチングができるGK" を育む方法「幼い頃から大人に混じって意見や発言できる環境で育つことで、コミュニケーションに対する不安は抱かないようになると思います。『うちのチームにいたら、外部のスクール活動に参加するのは禁止ですよ』とクラブ側がジュニア年代から選手たちを囲ってしまうことも少なくない現状です。選手のため、子どものために色んな指導者や選手たちと触れることのできる環境が必要だと思います。こうすることで、人間性が育まれると同時にコミュニケーションに大切なものに気づくことができたり人の話を受け入れることができたりします。しっかりとしたコミュニケーションがどのように成り立っているのかを幼いうちから理解できればできるほどサッカーのプレーにも表れるんじゃないかなと。」コーチング=コミュニケーションと澤村さんがおっしゃったように、コミュニケーションをうまく図れるようになることが良いコーチングへの近道であると澤村さんのお話から感じ取れました。「我々指導者は、挨拶やコミュニケーションを選手や子どもたちに強要すべきではないと思っています。コミュニケーションには、もちろん得意な子もいれば不得意な子もいる。『今挨拶しなかったよね?』という指導ではなく、指導者自らが率先して、心を込めて行動や姿勢で示していく事こそ大切にしたいです。目の前の選手に合わせたコミュニケーションを指導者が歩み寄った形で模索してあげる事が重要だと思います。日常の当たり前を私たちがまずは意識していかなければならないですね。」と井上さんは指導者のコーチング力について語ってくださいました。選手たち、子どもたちのコミュニケーションや社会性を育むことがプレーにも直結するということですね。今回取り上げた "コーチング" というキーワードでのディスカッションは、選手たちと指導者の双方のコーチング力について考えるいい時間となりました。現役選手と考えるGKの開始姿勢 プレジャンプとゼロコンタクト日本をGK大国へ。 指導者がすべき、”受け入れる指摘"現役Jリーガー 圍謙太朗が語る、自身の考えを正しく伝えるための "傾聴力"。