日本人がヨーロッパの現場で学んだ“伝える力”と“支える力”「指導者の質が選手の質になる」スペインで指導を続ける富居勝敏さんのこの言葉には、多くの示唆が詰まっている。選手の育成、チーム作り、そして個人の未来までも左右する存在が指導者であるとすれば、その姿勢や哲学にはいったい何が求められるのだろうか。この記事では、ヨーロッパで挑戦する3人の日本人指導者や支援者の言葉をもとに、「指導者の在り方がサッカーの未来をどう形づくるのか」という問いを探っていく。出演する指導者一覧富居勝敏さん(個人分析官 / AE Prat U19コーチ)尾曲俊彦さん(アイントラハト・フランクフルト女子チーム メディカルトレーナー)石黒力蔵さん(CE Vila Olimpica U14監督)ヨーロッパの現場で見えた「信頼と対話」の指導富居勝敏さん(AE Prat U19コーチ)は、スペインで選手の個人分析やチーム指導を行いながら、サッカー留学の支援にも携わる。彼が語るのは、指導者と選手の間にある“対話”の重要性だ。「日本ではどうしても上下関係が強く、選手が意見を言いにくい。しかしスペインでは、年齢関係なく選手が自分の考えを伝え、それに対して指導者も対話を重ねて納得へと導いていく」このような環境では、指導者が“教える人”であるだけでなく、“聞く人”としての役割も担っている。その関係性が、選手の主体性やサッカーIQの向上に繋がっているのかもしれない。同様に、ドイツで8シーズン目を迎える尾曲俊彦さん(アイントラハト・フランクフルト女子チーム メディカルトレーナー)も、コミュニケーションを重視する姿勢を崩さない。「異なる文化、言語の中で信頼関係を築くには、自分一人で背負わず、他のスタッフと対話しながら答えを出すことが大切」選手やチームを支える現場では、日々の対話が基盤となる。富居さんも尾曲さんも、違いを理解し尊重しながら信頼を築くことで、より深いサポートが可能になることを実感している。育成年代こそ重要。指導が与える“初期設定”石黒力蔵さん(CE Vila Olimpica U14監督)は、高校卒業と同時にスペインに渡り、プレベンハーミンからトップカテゴリまで幅広く指導してきた。彼が特に重要視しているのは、育成年代での“経験の幅”だ。「この年代ではポジションを固定せず、いろんな役割を経験させることで、選手の適性や視野を広げることができます」これは、スペインの育成現場で当たり前のように行われている手法だが、日本ではまだ浸透しきっていない部分も多い。富居さんも、「数的優位の作り方を8歳から学ぶスペインの選手たち」に驚きを隠さなかったという。戦術理解の“初期設定”をどれだけ早く行えるかが、後のプレーの幅を大きく左右するのだ。石黒さんはまた、選手のメンタルにも目を向けている。試合で力を発揮するために必要なのは、技術だけでなく“安心してプレーできる心理的な環境”だと語る。「心理面を整え、自信を持ってプレーできる状態を作るのが、育成年代の指導者の役割だと考えています」指導者の存在は、どこまで「未来」を作れるのか?技術や戦術はもちろん、対話、信頼、メンタル、環境づくり……。3人の言葉に共通するのは、「選手を中心に据える姿勢」だった。そして、その姿勢を育むのが指導者自身の在り方だ。もちろん、スペインやドイツの手法がすべて正しいわけではない。富居さんも「日本の練習時間の長さを活かした技術練習も価値がある」と語っている。だが、違いを知った上で、自分の中に取り入れていく姿勢が、指導者としての成長を促すのだろう。選手の未来は、誰が、どんな言葉を、どんな態度でかけたかによって大きく左右される。だからこそ、指導者という存在には、サッカーそのものを変える力があるのかもしれない。あなたは“誰”に教わりたいと思いますか?選手にとっての指導者は、技術を教える存在だけではなく、その選手の未来の可能性を広げる存在だ。問いかけてみたい。あなた自身が選手だったとしたら、“誰”に教わりたいと思いますか?そして、もしあなたが誰かを教える立場にあるのだとしたら、その人の未来にどんな“初期設定”を与えたいと思いますか?