サポーターの行動が、クラブ全体の評価や未来を左右する時代。近年のJリーグでは、クラブの外で起きた“不祥事”への対応力こそが、ガバナンスの指標とされつつある。特に注目されるのが「第三者委員会」の存在だ。これは単なる処分機関ではなく、信頼回復と構造改革のための重要な装置である。クラブを揺るがす“観客の問題”──浦和レッズの事例2023年の天皇杯ラウンド16。浦和レッズの一部サポーターが試合後に暴徒化し、クラブはこの事態を重く受け止め、第三者委員会を発足した。委員会には大学の教育研究者、ジャーナリスト、弁護士、医師など計8名が参加。調査は「観客対応の限界」を認識するだけにとどまらず、クラブの統治構造そのものに踏み込んだ。2024年2月には公開シンポジウムが開催され、提言として「毅然とした法的対応」「独立性の高いコンプライアンス部署の新設」などが示された。(参考:https://www.urawa-reds.co.jp/clubinfo/208984/)第三者委員会の活動は、単なる懲罰にとどまらない。発端となったサポーターの違反行為を契機に、クラブ内部の監視体制や統治モデルそのものが問い直された点にこそ意義がある。さらに、Jリーグ全体での再発防止に向けた研修やルール策定へと繋がったという波及効果も無視できない。クラブやリーグは再発防止に向けた調査・処分に取り組んでいるが、ここに第三者委員会が制度的に関わることで、より透明性と信頼性の高い対応が可能になることが期待される。外圧ではなく“自浄力”としての委員会活用──FC町田ゼルビアの例浦和のような大規模な問題だけではない。FC町田ゼルビアでは、監督によるハラスメント疑惑が報じられた際、弁護士3名による特別調査委員会を設置。特別調査委員会がクラブから独立した立場で証言・証拠を検証し、「指摘された行為に該当する事実は認められない」との結論に至った。(参考:https://www.zelvia.co.jp/news/news-298091/)ポイントは、“認定しなかった”という結果よりも、その過程の透明性にある。日本弁護士連合会のガイドラインに則り、調査報告書は公表され、クラブとしての説明責任を果たす姿勢が評価された。このように、疑惑が持ち上がったときに、クラブが迅速かつ中立的に行動できるかどうかが、ファンや関係者からの信頼を左右する。FC町田ゼルビアの事例は「事実がなかった」ことを証明した以上に、「どう対応したか」というプロセスを示す重要なモデルケースとなった。第三者委員会が果たす多層的な意義Jリーグにおける第三者委員会は、単なる事後処理機関ではない。その存在には大きく3つの意義がある:心理的安全性の確保:被害者が声を上げられる環境を整える信頼の回復:外部の視点から問題を明らかにすることで社会的信頼を得る再発防止の構造改革:制度・文化レベルでの改善を促すさらに近年では、ハラスメントや差別、暴力などの問題が「組織文化」の一端として扱われる傾向にある。個人の問題に還元するのではなく、組織そのものの課題として分析し、第三者委員会がその設計図の見直しを促すのだ。とりわけ浦和の事例は、クラブ文化やサポーターとの関係性を“統治”の観点で見直す必要があることを示唆した。今後は選手・スタッフだけでなく、観客をも含めたガバナンスの一環として、委員会の役割はさらに広がっていくだろう。今後の課題──「設置しただけ」で終わらせない一方で、第三者委員会の運用には注意も必要だ。設置はしても、調査の独立性が担保されず「形骸化(物事や制度などが本来の目的や意義を失い、形だけの存在になること)」してしまえば、本来の効果は得られない。Jリーグでも過去には、サガン鳥栖にてクラブ主導の第三者調査が不十分と判断され、改めてリーグ主導での再調査が行われたケースもある。(参考:https://www.jleague.jp/news/article/21511/ 、https://www.sagan-tosu.net/news/p/5613/)委員の選定基準、調査手法、情報公開の在り方まで含めた“制度設計”こそが問われている。また、調査結果がどのように活用されるか──つまり、その後の処分、教育、組織改革にどう反映されるかもまた極めて重要だ。報告書を棚に置いてしまえば、制度は機能したことにはならない。終章──スポーツ組織の信頼は「調査後」に決まるクラブにとって、第三者委員会は“盾”であり“鏡”でもある。盾としてクラブを守り、鏡として弱点を映し出す。その後の対応と改善こそが、クラブのガバナンス能力を示す真の勝負所だ。問題が起きたときに“向き合える組織”かどうか。それを試される時代に、第三者委員会は単なる制度ではなく、「信頼の作法」として定着していく必要がある。そして、今後のスポーツ界においては「問題が起きない組織」ではなく、「問題に向き合える組織」こそが評価される。第三者委員会はその象徴として、透明性・誠実性・説明責任を担うことになるだろう。制度を持っているだけでは意味がない。それをどう活かし、現場と向き合っていくか。スポーツ組織にとっての真のガバナンスとは、そうした不断の問い直しと実行にかかっている。▼あわせて読みたい!組織の心理的安全を守る『セーフガーディング』【現地指導者に聞いた】イングランドでは常識。サッカーを楽しむ子どもたちの安全を守る "セーフガーディング" とは?聞こえない声を聞こえるようにする ~セーフガーディングにおいて契機となる個の力の重要性~